Living is not living.

東奔西走したくはないのだけれど。

イヤホン SHURE SE846 レビュー

SE215とSE846

音楽にはこだわる派。
特に音源もそうだけど、イヤホンやヘッドホン、スピーカーで音がどれくらい違ってくるかわかった日から、自分の最適な音響設備を模索してきた。
SHURE SE846は、SHURE製イヤホンの中で最も高価で、約100,000円する。
今まで、SE215 special editionを1年以上使ってきた。
SHURE製はこの2つを所有。

愛聴してきた215から846に変えた時、すぐに感じた変化は、まず低音域の表現と、音場の広さだった。
215は低音を謳う機種だけあって、ダイナミックドライバーから表出される低音は当時圧巻だった。
特にハードロックや、テクノ電子音楽との相性は相当良く、聴いていて「ノレル音」という感じで、低音域は深くシャープにずっしり送られてくる。
いろんな曲をこのSE215で聴き直したものだ。
音質では他に勝る機種があるだろうと思いつつ、この215で音楽は楽しみ尽くせると思っていた。

魔がさして購入したSE846は、SE215とは次元の違うイヤホンと今では思って愛聴している。
聴けば聴くほど、このイヤホンの魅力がとても明らかになってくる。
音に限った事ではないかもしれないが、「普通」という事を表現することは、簡単では無いという事をあらためて教えられた。
最初は「えっ?」と思うくらい、SE846の音にはこれといった特色が無いように感じられた。SE215には「低音域」という明らかな主張の個性があって、また、それがとても洗練されていて、音楽を聴く楽しさ、テンション・気持ちをアゲるための音楽を!という大義名分が果たされていた。
それに対して、SE846は最初この機種が何を主張として個性としているのか分からなかった。大袈裟に言って、大金を払って購入したのに損をした、と後悔もした。

音楽は理論より体感

ネットでは賞賛のレビュー投稿が多く、その記事の中には煌びやかな文字が散見される。それに感銘を受けて、期待と希望に胸を躍らせて、高価なこのイヤホンと、ある意味音楽的に心中する為に、思い切って飛び込んだ。

なのにいざ聴こえてくるのは、いたって平凡な(フラットな)音の重なり。
音の解像度ということでは、ゼンハイザーのヘッドホンHD25で既知なので、最初は感動の対象とはならなかった。

ロックからテクノ、思い切ってクラシック音楽、ベートーベン田園を流した瞬間、「ああ、これは凄い音を出す機種だ」と実感した。
音場、音の空間が広々と広がってゆき、音の1つ1つがキラキラ際立ち、それが重層的に綺麗に折り重なって、1つの曲を構成している事に、今までには無い感動を覚えた。
音の強弱の、特に盛り上がっていくところで、膨らみすぎて破裂するのではないかという寸前のところで美しい音が鳴っている。
「田園」の重層的なメロディが、とても際立って美しく感動した。

SE846の最大の魅力は、やはり音の解像度の高さだと思う。
片方に4基ずつのBA(バランスドアーマチュア)型なので、当たり前と言えば当たり前だが、これには聴いたら分かるといった、理論では説明できない感動体験をもたらす、音1つ1つの際立った明瞭さには、理屈では無い美しさとしなやかさを感じる。

SE846らしさ

低音は深く、かといってボアついたりせず、鼓膜をドンと揺らすほどの圧がある音。
イヤホンでよく、高音域は〜、中音域は〜、低音域は〜といったレビューがされるが、このSE846ではそんな評価はあまり意味が無いと思う。
高音域・中音域・低音域が相まって、このナチュラルでいて美麗なサウンドをつくりだしているからだ。
1つの音楽体験としてどうか、という事であれば、このSE846は、このイヤホンで聴く音楽は総じて素晴らしいとしか言いようが無い。 素晴らしくなると言える。

繰り返しになるけれど、こんなに普通な自然な音が、これだけ贅沢で貴重な事だとは、このSE846を聴いて初めて分かった。